治療費など
交通事故で負ったケガの治療に健康保険は使えますか?
交通事故によるケガの治療にも健康保険を使うことができます。賠償金を増額できる可能性がある、治療費の自己負担額を抑えられるなど、さまざまなメリットがあります。
0.健康保険は交通事故の治療にも利用できる
ケガや病気の治療に健康保険を利用すると、年齢や収入に応じ、治療費の自己負担額を1割~3割まで抑えることができます。
交通事故によるケガの治療には、健康保険を使えないと考える人が多く、医療機関から「健康保険は利用できない」と言われるケースもあるようです。
また、加害者が加入する保険から治療費が支払われるので、そもそも健康保険を利用する必要がないと考える方もいるでしょう。
実際は、事故によるケガの治療にも健康保険を利用できますし、健康保険の利用にはさまざまなメリットがあります。
健康保険を使うメリットや使った方がよいケースなどを理解したうえで、健康保険を利用するかどうかを検討しましょう。
1.健康保険を利用するメリット
交通事故で負ったケガの治療費に、健康保険を利用することには、次のようなメリットがあります。
- 損害賠償金を増額できる可能性がある
- 治療費の自己負担額を抑えられる
- 高額療養費制度を利用することができる
1-1.損害賠償金を増額できる可能性がある
加害者が任意保険に加入していない場合、加害者の自賠責保険に治療費などを請求することになります。
自賠責保険では、被害の内容によって保障される金額の上限が定められており、被害者がケガをした場合の上限は120万円までとなっています。
そして、この120万円には治療費だけでなく、慰謝料や休業損害など、さまざまな損害賠償金が含まれています。
健康保険を使わずに治療を受けると、治療費だけで補償の上限額である120万円に達してしまい、慰謝料や休業損害を受け取れなくなる可能性があります。
この点、健康保険を利用すると治療費の負担額が抑えられるので、慰謝料や休業損害を受け取れたり、受け取れる金額が増えたりする可能性が高まるのです。
1-2.治療費の自己負担額を抑えられる
交通事故の発生に対して被害者にも落ち度(過失)があった場合、過失の大きさに応じて損害賠償金の金額が減額する方法で調整されます。
過失の大きさを数値化したものを「過失割合」と呼び、損害賠償金の金額を調整することを「過失相殺」と呼びます(民法第722条2項)。
もし、被害者に過失割合が付くと、加害者に請求できる治療費も割合に応じて減額されるため、治療費の一部が自己負担となる可能性があります。
たとえば、被害者に200万円の治療費がかかり、10%の過失割合が付いたケースを例に、健康保険を使う場合と使わない場合で自己負担の金額を比較してみましょう。
なお、健康保険を使った場合の治療費の負担割合は3割とします。
- 健康保険を使わない場合
- 医療機関に支払う金額:200万円
- 加害者に請求できる金額:180万円(200万円から10%の減額)
- 被害者が自己負担する金額:20万円(200万円 – 180万円)
- 健康保険を使う場合
- 医療機関に支払う金額:60万円(健康保険による3割負担)
- 加害者に請求できる金額:54万円(60万円から10%の減額)
- 被害者が自己負担する金額:6万円(60万円 – 54万円)
また、被害者に過失割合が付かなくても、ケガの症状に対して内容や頻度が過剰な治療を受けていたようなケースでは、保険会社が治療費の全額の支払いを認めない可能性があります。
支払いが認められなかった分の治療費は、自己負担することになるため、健康保険を利用することで、治療費の負担額を抑えることができるのです。
1-3.高額療養費制度を利用できる
健康保険を使うと「高額療養費制度」を利用することができます。
高額療養費制度とは、1か月間の治療費が一定額を超えた場合、超えた分が後から支給される仕組みです。
健康保険により治療費の負担額を抑えられたとしても、事故で重傷を負ったような場合、支払いが高額になってしまう可能性があります。
この点、高額療養費制度を利用することで、一定額以上は支払う必要がなくなるため、安心して治療を受けられます。
なお、後から支給されるとしても、高額な治療費を負担するのが困難な場合もあるでしょう。
このようなケースでは、「限度額適用認定証」を医療機関に提示することで、治療費の負担額がはじめから高額療養費制度による一定額までとなります。
限度額適用認定証は、加入している健康保険組合(国民健康保険の場合は自治体)に申請することで入手できます。
2.治療医が打ち切られた場合も健康保険を利用する
前述した通り、加害者が任意保険に加入していない場合や、被害者にも過失がある場合、健康保険を利用することにメリットがあります。
また、加害者側の保険会社から治療費の支払いが打ち切られた場合も、健康保険を利用して治療を続けることをおすすめします。
加害者が任意保険に加入している場合、保険会社が医療機関に治療費を直接支払うことが一般的です。これを「任意一括対応」と呼びます。
ところが、まだケガの症状が残っているため治療を続けたいのに、保険会社が治療費の支払いを打ち切ろうとする場合があります。
保険会社との交渉により支払いが延長される場合もありますが、任意一括対応は義務ではないので、延長が認められないケースも少なくありません。
もし、支払いが打ち切られたとしても、医師が治療を続けた方がよいと判断しているのであれば、治療を継続した方がよいでしょう。
交通事故によりケガをした場合、入通院慰謝料(傷害慰謝料)が認められますが、金額は治療期間によって決まります。
早々に治療を中止すると金額が低くなってしまうため、症状が残っている間は治療を継続した方がよいでしょう。
また、治療を続けても何らかの後遺症が残った場合、後遺障害の等級認定を受けることで、後遺障害の慰謝料や逸失利益の請求が認められます。
しかし、治療期間が短いと、本来認められるはずの等級よりも低い等級に認定されたり、認定が受けられなかったりする可能性があります。
治療費の支払いが打ち切られた後も治療を続ける場合、被害者が治療費を一旦立て替えて、治療が終了してから保険会社に請求します。
請求が認められれば立て替えた分の治療費は支払われますが、立て替える負担が大きい場合は、健康保険を使うことにより負担額を軽減できます。
3.自由診療には健康保険が使えないので注意
健康保険は、すべての治療に対して使えるわけではありません。
薬剤の種類や量、治療方法、リハビリ日数などによっては、健康保険の適用外(自由診療)となる場合があります。
自由診療による治療を受けると、原則として治療費が全額自己負担となるため、健康保険を使いたい場合はあらかじめ医療機関に伝えておきましょう。
なお、症状によっては、自由診療による治療の方が高い効果を期待できる場合もあるので、治療方法について医師と十分に相談することをおすすめします。
4.自由診療から健康保険に切り替えられる
交通事故には健康保険が使えないと勘違いし、自由診療の治療を受けていたような場合、治療の途中でも健康保険に切り替えることができます。
ただし、医療機関側の手続きの関係で、切り替えを拒否されるケースがあるため、切り替えを希望する際は早めに医療機関に伝えるようにしましょう。
さらに、医療機関との交渉次第では、すでに受けた治療についても、健康保険による治療として扱われる可能性があるので、確認してみてもよいでしょう。
5.交通事故で健康保険を使う手続き
交通事故によるケガの治療に健康保険を使いたい場合、次のような手続きが必要です。
なお、加入している健康保険組合によって、手続きが異なる場合があるので、必ず健康保険組合に確認してください。
5-1.医療機関に健康保険を使う意思を伝える
治療を受ける医療機関の窓口に保険証を提示したうえで、健康保険を使いたい意思を伝えましょう。
保険証を提示しただけでは、健康保険が適用されない可能性があるので、使いたい意思をきちんと伝えることが重要です。
もし、健康保険を使うことについて、加入している健康保険組合の了承が必要になると医療機関から言われた場合は、健康保険組合に連絡しましょう。
5-2.健康保険組合に連絡して必要書類を提出する
健康保険組合に連絡し、事故に遭った旨や事故の詳細を報告したうえで、健康保険を使いたい旨を伝えましょう。
その後、「第三者行為による傷病届」などの書類が必要になるので、できるだけ早く提出しましょう。
なお、健康保険組合によって必要書類が異なる場合があります。一例として、全国健康保険協会(協会けんぽ)に加入している場合の必要書類を説明します。
- ・第三者行為による傷病届
- 被害者や加害者の情報、加害者側の保険会社の情報などを記入する書類です。
- ・負傷原因報告書
- いつ、どこで、何をしている時に負傷したのかなどを説明する書類です。
- ・事故発生状況報告書
- 事故当時の天候や道路の混雑状況、路面の状況などを記入したり、事故の状況を図で説明したりする書類です。
- ・損害賠償金納付確約書・念書
- 加害者に記入してもらう書類です。記入を拒否された場合は、余白部分にその旨を記入します。
- ・同意書
- 協会けんぽが加害者側の保険会社に損害賠償を請求する際、医療費の内訳などを提示することについて同意する書類です。
協会けんぽでは、各書類の様式をホームページからダウンロードできます。
協会けんぽ以外の健康保険組合でも、様式をダウンロードできる場合があるので、各ホームページを確認しましょう。
これらの書類のほか、「交通事故証明書」の提出も必要です。次のQ&Aで交通事故証明書の入手方法を詳しく説明していますので、ぜひご覧ください。
交通事故のよくあるご相談Q&A:手続き
交通事故証明書の入手方法を教えてください。なお、人身事故が物損事故として扱われているなど、人身事故扱いの交通事故証明書が入手できない場合、「人身事故証明書入手不能理由書」が必要です。
6.交通事故によるケガの治療も弁護士にご相談を
交通事故によりケガを負った場合、適切に治療を受けなければ、最終的に支払われる損害賠償金の金額で損をしてしまう可能性があります。
治療の方針について、医師に相談することも重要ですが、治療を担当する医師が必ずしも交通事故や保険制度について詳しいとは限りません。
この点、交通事故に詳しい弁護士であれば、高額な賠償金の獲得を目指すことを念頭に、治療の受け方についてアドバイスしてくれます。
もちろん、治療に健康保険を使うべきかどうかのアドバイスや、使う際の手続きのサポートなども可能です。
加害者側との示談が成立する前であれば、いつ弁護士に相談、依頼してもメリットがありますが、できる限り早めのご相談をおすすめします。
弁護士法人プロテクトスタンスでも、交通事故の被害について多くの方が治療中にご相談されています。
事故直後から損害賠償金の受け取りまで、経験豊富な弁護士とスタッフがトータルサポートいたしますので、安心してお任せいただけます。
- この記事を監修した弁護士
弁護士 大橋 史典弁護士法人プロテクトスタンス所属
(第一東京弁護士No.53308)獨協大学法学部法律学科卒業 明治大学法科大学院法務研究科 修了(68期)。
弊事務所に入所後、シニアアソシエイトとして活躍。交通事故分野を数多く取り扱い豊富な経験を持つ。