休業損害
会社役員の休業損害は、どのように計算されますか?
会社役員に支払われる役員報酬は、すべてが休業損害の対象になるわけではありません。役員報酬のうち、労働対価部分にあたる報酬について、日額を算出して休業日数をかけることで、休業損害を計算できます。
0.交通事故の休業損害とは
交通事故によるケガの治療のために仕事を休んだ場合、休んだ日数に応じて収入が減少することが考えられます。
仕事を休んだために減少した収入を、「休業損害」として加害者側に請求することができます。
1.役員報酬は休業損害が認められない場合がある
被害者が会社員であれば、事故前に支払われていた給与から「1日あたりの基礎収入」を算出し、休んだ日数をかけることで休業損害を計算できます。
被害者が会社役員の場合も、基本的には同様の方法で休業損害を計算することができます。
しかし、会社員とは異なり、役員報酬のすべてが休業損害の対象とはならないことに注意が必要です。
2.休業損害の対象は「労働対価部分」のみ
会社役員が受け取る役員報酬は、大きく「利益配当部分」と「労働対価部分」の2種類があります。
このうち利益配当部分の報酬は、原則として休業損害の対象外です。
- ・利益配当部分
- 実際の労働の有無にかかわらず支払われる報酬に該当します。事故でケガをしても金額に影響しないため、休業損害の対象となりません。
- ・労働対価部分
- 実際の労働に対する報酬に該当します。事故のケガにより減収が発生すれば、休業損害の対象となる可能性があります。
たとえば、名目的取締役や社外監査役などは、会社に対して実際に労務を提供する機会がない、または少ないケースが多いです。
そのため、役員報酬のほとんどが利益配当部分にあたり、労働対価部分はないと判断され、休業損害の請求が認められない可能性があるでしょう。
一方、被害者が小規模な会社の役員や、いわゆるサラリーマン役員のような場合、従業員と同様に職務を遂行しているケースがあります。
このようなケースでは、役員報酬のうち労働対価部分が占める割合が多いと判断され、休業損害の請求が認められると考えられます。
3.休業損害の計算方法
会社役員の休業損害は次のような手順で計算します。
- 役員報酬から利益配当部分を差し引いて労働対価部分を算出する
- 労働対価部分から収入の日額を算出する
- 収入の日額に休業した日数をかけて休業損害を算出する
役員報酬のうち、利益配当部分と労働対価部分にあたる金額が、必ずしも明確に区分されているわけではありません。
そのため、次のようなポイントから、役員報酬のうち労働対価部分が占める割合を判断することが一般的です。
- 会社の規模や売り上げ
- 同族経営など会社の形態
- 被害者である役員の地位や年齢
- 被害者である役員やほかの役員の報酬額・職務内容
- 事故後の報酬額の推移
- 従業員の給与・職務内容
役員報酬のうち、労働対価部分が占める割合の判断について、加害者側の保険会社と大きく対立するケースが少なくありません。
会社の決算報告書や株主総会の議事録、役員の確定申告書、従業員の給与明細など、さまざまな資料から労働対価部分の割合を主張することになります。
労働対価部分の証明が難しければ、厚生労働省が公表する「賃金センサス」に記載された平均賃金を参考にして計算する場合もあります。
賃金センサスとは、「賃金構造基本統計調査」の結果をまとめた資料の通称のことで、平均賃金に関するさまざまなデータがまとめられています。
しかし、会社役員の休業損害を正しく計算するには専門知識が必要になるため、交通事故に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。
4.会社役員の休業損害が認められた裁判例
実際に、被害者である会社役員の休業損害について、加害者側の保険会社と争いになり、裁判で支払いが認められた事例をご紹介します。
会社の代表取締役である被害者が、通院のために休業したことから休業損害を請求した事例です(大阪地方裁判所2018年2月2日判決)。
加害者側は被害者の役員報酬は利益配当にあたるなどとして、休業損害の請求を拒否しました。
裁判所は、被害者の会社規模や事業内容を踏まえ、役員報酬について「基本的には労務に対する対価といえる」と判断しました。
具体的には次のようなポイントから、役員報酬に労働対価部分が含まれるとしました。
- 会社の従業員は、事務担当者と被害者の妻がパート勤務するだけだった
- 代表取締役である被害者は、営業活動や事務処理などの業務を行なっていた
そして、事故前年の役員報酬のうち、6割が労働対価部分に該当するとして、労働対価部分について休業損害の請求を認めました。
5.会社に生じた損害も請求できる場合がある
会社役員が交通事故の被害に遭い、治療により休業したことで売上げが減少するなど、会社にも損害が発生する可能性があります。
また、会社が治療費などを支援したり、貸付けの形で報酬を支払ったりすることもあります。
このように、会社役員が交通事故に遭ったことで会社に生じた損害、会社が支払った費用や報酬を、会社が加害者側に請求できるケースがあります。
5-1.会社に損害が発生した場合
会社役員が休業したことで、会社の業務に支障が生じ、売上げが減少する場合があります。これを「企業損害」と呼びます。
事故によって被害を受けたのはあくまでも会社役員個人なので、企業損害を保険会社に請求しても、認められないケースは少なくありません。
しかし、1人で会社を切り盛りしているなど、小規模な会社の場合、役員の休業が会社の業務や売上げに直結するため、企業損害の請求が認められる可能性があります。
実際に、次のような事情から企業損害の請求が認められた裁判例があります(大阪地方裁判所2012年1月27日判決)。
- 代表取締役である被害者と配偶者の2人で会社を運営していた
- 発行済み株式は900株で、そのうち800株を被害者が保有していた
- 被害者の代わりに仕事ができる人がおらず、被害者と会社が経済的に一体の関係にあった
5-2.会社が治療費などを支援した場合
会社役員が休業している間の治療費や生活費を支援する目的で、会社が役員報酬と同等程度の金額を支払うケースがあります。
治療費などは本来、加害者側が損害賠償金として支払うべきものであり、会社は立替えていることになるので、加害者側への請求が認められます。
5-3.会社が貸付けとして報酬を支払った場合
休業損害は、事故で負ったケガの治療のために仕事を休んだことで減少した収入を保障するお金です。
そのため、休業している間も会社から報酬が支払われていた場合、収入が減少したことにはならないため、原則として休業損害は認められません。
しかし、加害者側から休業損害が支払われるまで、貸付けの形で会社から報酬が支払われていた場合、休業損害の請求が認められる可能性があります。
6.休業損害のお悩みは弁護士にご相談を
役員報酬のうち、労働対価部分が占める割合をどのように判断するかによって休業損害の金額も大きく変わります。
そして、役員報酬が高額だと休業損害の金額も高額になるため、労働対価部分の判断を巡り、加害者側の保険会社と激しく対立する可能性があります。
しかし、労働対価部分を正しく判断し、適切な休業損害を算出するには、多くの資料や裁判例などを参考にするため、専門知識がなければ非常に困難です。
また、休業損害の増額を保険会社に求めたとしても、保険会社が簡単に増額に応じる可能性はほぼないでしょう。
そのため、交通事故に詳しい弁護士に相談し、休業損害の算出と保険会社との交渉を依頼することが重要です。
- この記事を監修した弁護士
弁護士 大橋 史典弁護士法人プロテクトスタンス所属
(第一東京弁護士No.53308)獨協大学法学部法律学科卒業 明治大学法科大学院法務研究科 修了(68期)。
弊事務所に入所後、シニアアソシエイトとして活躍。交通事故分野を数多く取り扱い豊富な経験を持つ。